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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)9604号 判決

原告

井上圭司

右訴訟代理人

有田義政

影田清晴

被告

タイガー商事株式会社

右代表者

堀江常治

右訴訟代理人

奥西正雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円およびこれに対する昭和五五年一〇月一七日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

二  被告

主文同旨の判決。〈以下、省略〉

理由

一〈省略〉

二被告は、本件建物内の造作は造作買取請求の対象とならない旨主張するので、この点につき判断する。

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

1 本件建物は、地上九階、地下一階建ビルの地下の一室であるが、ビルの一室を営業用店舗として賃貸する場合においては、通常賃借人がその営業の種別、内容に応じ、自己の自由な企画により室内の内装、造作を施すことを希望するものであり、右内装、造作は原則として他業種の営業にはそのまま利用できないし、同業種であつても賃借人の好みも異るので、既設の内装、造作があることがその部屋の新たな賃貸借において賃貸目的物の価値を高めるものではなく、むしろ新たな内装、造作を施すためには撤去を要するものとして、その目的物の価値を減ずるものとされるのが通例である。

2  被告は、昭和五二年六月一六日ころ、三浦公との間で、本件建物の賃貸借契約において賃料は一か月三六万八〇〇〇円、共益費は一か月八万二八〇〇円、保証金は一六〇〇万八〇〇〇円とすること、三浦は、ビルの躯体、形状を損わない限り、原告の承認を得て本件建物について使用目的に従い、内装および設備工事等を自らの費用で実施することができること、三浦は、本件建物の明渡に際し、本件建物内の自己の費用をもつて施設した造作設備の買取を原告に請求することはできず、自己の造作、加工した部分をすべて原状に復して明渡すこととの約定をした。

3  被告は、右賃貸借契約終了に際し、三浦から、三浦が飲食業(和食)用に本件建物内に施した内装、造作を撤去しないままで本件建物の明渡を受けたので、三浦との間で、被告が三浦より右内装、造作撤去費として六〇万円の支払を受けることを合意して、三浦に返還すべき保証金からこれを控除した。

4  被告は、昭和五三年八月二六日、関西設計との間で、本件建物の賃貸借契約において、賃料は一か月三六万八〇〇〇円、共益費は一か月一〇万一二〇〇円、保証金は一六一〇万円とすることを約し、また、本件建物内の内装、造作について前記の三浦との間におけるのと同一の約定をしたうえ、関西設計が本件建物内に自ら施設した造作とともに本件建物の賃借権を他に譲渡することを予定して、特約として、保証金のうち五〇〇万円は契約と同時に支払い、残額一一一〇万円は新賃借人入居のための名義変更と同時に支払うこと、関西設計は、本件建物に新賃借人を入居させることによつて本契約を履行するものとするが、その猶予期間は契約日から八か月とし、八か月経過しても新賃借人の入居のない場合には関西設計がすべて支払をするものとすること、関西設計は、原則として自己の施した内装の権利譲渡が許されないが、被告、関西設計、新賃借人三者の協議の上、新賃借人が右内装を買取つて入居することを被告は承認することとの約定をした。関西設計は、同日、被告に対し、三〇〇万円を現金で、二〇〇万円を手形で支払い、保証金のうち五〇〇万円の支払を了した。

5  原告は、金融業を営むものであるが、昭和五三年末ころ、関西設計から本件建物の賃借権を担保として譲渡するから融資をしてほしい旨の申入れを受け、昭和五四年二月ころ、被告に対し、将来原告が関西設計より本件建物の賃借権を譲受けるについて被告の承諾が得られるか否かを質したところ、被告がこれを承諾する旨返答したので、同月一五日ころ、関西設計に対し、一〇〇〇万円を貸与し、関西設計より担保として本件建物の賃借権を保証金五〇〇万円の返還請求権とともに譲受ける旨合意して関西設計と被告間の本件建物の賃貸借契約書の写しの交付を受けた。ところが、関西設計は、同年四月二〇日ころ不渡りを出して倒産し、代表者が所在不明となつたので、原告は、本件建物の賃借権を内部の造作とともに他に売却して債権の回収をはかろうと考え、被告に対し、本件建物の賃借人の地位の承継を申出て交渉した結果、被告との間で、保証金は一五〇〇万円とし、関西設計より支払われた五〇〇万円を差引いた一〇〇〇万円を原告が支払うことを約したほか、関西設計と被告間の本件建物内の内装、造作に関する前記の特約その他の契約内容はすべて承継する旨を約した。原告は、右保証金一〇〇〇万円に金利金一一万円を加えた一〇一一万円を手形で支払うこととし、被告に対し、同月二三日金額五〇〇万円の手形を、同年五月二八日に金額二五〇万円と二六一万円の各手形を交付して支払を了した。

6  原告は、その後新聞広告するなどして本件建物の賃借権を代金三五〇〇万円位で他に売却しようと努めたが、結局買手を得ることができず、賃貸借契約を解約して本件建物を本件造作はそのままの状態で被告に明渡すに至つた。原告は、訴訟を提起して被告より保証金一〇〇六万余円の返還を受けたが、関西設計に対する貸金一〇〇〇万円の回収ができなかつた。

7  被告は、昭和五六年一月一三日ころ、「割烹あずま乃」に対し、本件建物を造作はそのままの状態で賃貸したが、保証金は一一〇〇万円で賃料も関西設計との約定よりも低額の取決めであつた。その後「割烹あずま乃」は営業をやめて本件建物を被告に明渡したので、被告は、本件建物内の本件造作をすべて撤去して本件建物を倉庫として使用している。

8  本件造作の価格は昭和五五年一〇月一六日当時八八五万六〇〇〇円相当であり、同月当時新規に本件造作を施工するには約二〇五一万円の費用を要する。

以上の事実が認められ、右認定を左右できる証拠はない。

右事実に前記一の事実を合わせ考えると、本件建物内に施された内装、造作のうち畳敷の客席設備部分以外は賃借人三浦が施したもので、三浦は、被告に対し、右内装、造作を撤去しないままで本件建物を明渡し、関西設計は、被告より本件建物を三浦のした内装、造作のまま賃借し、本件建物内にあらたに畳敷の客席設備を施したのであり、原告は、関西設計より本件建物の賃借権を譲受けたのであるから、原告は、本件建物内の造作のうち畳敷の客席設備部分のみの所有権を取得したものというべきである。そして右認定事実によると、関西設計は、被告との間の本件建物の賃貸借契約において、本件建物の明渡に際して関西設計が本件建物内に施した造作設備の買取を被告に請求することはできず、自己の造作加工部分をすべて原状に復して明渡す旨を約したもので、原告は、右約定を承認のうえ関西設計の右賃借人の地位を承継したのであるから、被告に対し、関西設計より譲受けた畳敷の客席設備部分について買取を請求することは許されないといわなければならない。

原告は、右買取請求権を予め放棄する特約は借家法第六条により無効である旨を主張する。

しかし、関西設計の施した右造作設備は、本件建物を飲食店(和食)用店舗として使用する目的で、自己の自由な好みによる様式、企画に従い行つたものであつて、他業種の営業用店舗として適切な造作設備であるとはいえず、賃貸店舗用ビルの一室である本件建物の使用に客観的な便益を与えるものということはできないものであつて、借家法第五条に定める買取請求権の対象たる造作に含まれないというべきであるうえ、賃借人たる関西設計およびその承継人たる原告は、自己の付加した造作設備に要した費用については、本件建物の賃借権を右造作設備に価値を認める同業種の営業者に造作設備付のまま譲渡することによつてその回収をはかることが、予め賃貸借契約において賃貸人より承認されているのであるから、賃借人が右譲受人を得ることができず、かつ自己の営業を廃止して本件建物を賃貸人に明渡す場合においては、賃貸人にとつては建物の客観的価値を増加させるよりもむしろ賃借人の範囲を狭めるなど新規賃貸借の妨げとなるような賃借人の自由に付加した造作設備(しかも営業目的により相当高額なものとなることが一般である。)の買取を賃貸人に強制することはこの種賃貸借取引における実情にも合致せず妥当でないと思われることなどに鑑みると、関西設計が被告との間でなした右造作買取を請求しない旨の約定は賃借人に不利な特約ということもできないから、右約定が借家法第六条によつて無効であるとの原告の主張は理由がない。

したがつて、原告の請求は、原告のその余の主張につき判断するまでもなく理由がない。〈以下、省略〉

(山本矩夫)

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